de-do | 室蘭情報 日日是好日

室蘭の良いところや、食事処を始めとした情報サイトです。
Home » 未分類 » パルコ入口に紐解かれた曖昧な記憶の断片ども

パルコ入口に紐解かれた曖昧な記憶の断片ども

3月 13th, 2012 Posted in 未分類 Tags: ,

むろさんが書いてくれた「パルコ入口」。いろんなことを思い出させてくれたよ。
時間軸も場所もバラバラだけど思い出すままに挙げてみるね。

みよしのって餃子屋さん。パルコのある交差点、中島湯の並びくらいにあったんだっけ。
ドラゴン(ビル)  パルコ横の細長いビル。上が模型店だったかな。
下にはニッチク?なるスポーツ店があったような・・・・
あと向い側にはペットショップなんかもあった。はず・・・・(エルム楽器はいつからあったっけ?)
それと中島入り口付近だったか、かなり昔に釣り堀なんぞがあったように思う。(なかった?)

阪神とかってゲーセン。
ずいぶん後のことだけど一瞬ロッテリアなんかもあった。
村さ来はいつも賑わってて、オーケー牧場ってのもあった?
アメリカンファム!?・・・とかってジーンズショップ。

ハッピートークって玩具屋、っていうのかほぼ雑貨?(前のソニープラザ風?)
長崎屋の上(3F?)にはソフトクリーム屋があったか。

ブルツー(ブルータス2世?)はディスコ?(パブ?)。

以上、昔の東通りから中島中心くらいにかけてだらだら思い出すがまま。。

以下、宮の森から知利別。

知利別小学校のグラウンドのはずれに羽衣湯とかって銭湯・・・はあった?
らくさん公園の横には何とか湯?(鉄の湯?ちがう?)
キンコー通り(ってさすがに今は言わない?)には金港ってお菓子の工場があって
シュークリームとか乳製品とか色々作ってて、いつもいい匂いがしてた。
寿橋方面にかけては、内山商店ってタバコ屋があって隣が高木酒店。
通りの向かいには万福?って食堂。爺さんと婆さんが頑張ってましたっけ。
名前忘れちゃったけどその”まんぷく”の並びにおもちゃや(プロモデルとか花火とか駄菓子とか)もあった。

そこから少し神社方面に向かうと上田酒店がって(今のセブンイレブンね)、向かいは梅村商店。
その向かいには糸満?とかって手芸店とか床屋もあった。
あと、かつやって食堂が工業高校の真ん前にあった。

それと、宮の森生協ね。関係ないけど宮の森パワーズって軟式野球チームもありました。

他、映画館は中央町にはたっくさんあったし中島にもあって、東町のはポルノ専門だっけ?

他他他。
中嶋神社坂下には毎年夏祭りのたび、長い長い露店が並んだっけ。母恋も御崎も輪西もどこも凄かった。

更に。もう特定の場所とか無関係に脈絡なく芋づる式に思い出す光景は下記みたいなこと・・・

授業前の教科書の貸し借りと、借りた教科書への落書き。
ジャージの貸し借り(何と不衛生な、でもそれが当時の中坊や高校生)。
授業中の折り手紙の回覧にドキドキ。
好きな女の子(女子は男の子へ)の自宅への電話。あの緊張感ったらもう。ね?
(でもそこまでして目当ての本人に繋がった時は幸せだったよね)
ちなみに手動はモテたのでもっぱら電話はもらう側でした。
あと、交換日記か。

さらに脈絡なく・・・・
小学校の頃、空が突然真っ暗になって火山灰が降ったっけ。(有珠?)
やはり小学校の頃、毎冬グラウンドに作られてたスケートリンクに授業中地震があってひびが入ったりね。

冬と言えば、あのだるまストーブの理不尽過ぎる寒暖差?不均衡?
前の席に座ったら最後、死ぬほど熱いんだもん。

あーあ、どれもこれも・・・・。か。

無知で金欠で友達とのいさかいが尽きなくて、好きな女に告白して(たまにフラれたり)・・・
ってどれもがパワーっす。若さのパワー、こういう何気ない風景を無尽蔵に取り込める強さですね。
(取り込んだものが何に繋がるか?なんてくだらない未来からの逆算とかはしなくていいからね)

って何書いてんだろうね。手動おじさんは。

でも何なんだろう、思いだし始めるとどれもがまるで「とても素晴らしい思い出ばっかり・・・」
のようなこの感じ(錯覚)は。
んなわけ絶対ないのにね。

狭い世間(と今振り返れば)でも、人はたくさんいたように思えるし、
美化された記憶は当然にして賑わってる場面だけをきちんと再編集して自分の頭の中で投影してるんだな。

郷愁。のすたるじー。いろいろ言えるよ、いまは他所者(のわたし)なら、さ。

まさにテレビニュースなんかの解説者くんよろしく、向こう側にさえ居れば(そこにさえいなければ)
ワケ知り顔で何でも言えるんだよね。
「何とかならないものでしょうか。地方の時代です!国はどう舵を切っていくのでしょうか!」
ってなんだ、そりゃ。誰だよ、あんたは。って。
って、つまりそういうアレですよ。(アレってだから何だ)

二度と見ることのない風景。だから思い出だ。どんなに精巧に再現したってやっぱり二度はない。
だって「自分が年とって」変っちゃってるんだもん。
あの時の光景を焼きつけられる「フレッシュなメモリー」を既に失ってるもんね、だから無理。
今の自分の先入観とか偏見たっぷしのこの目だったら、もう何を見たって
ああじゃなかった、こうじゃないんだよ、etc
なんて、ただケチつけてるのがオチです。

そう、自分の今の「見え方」は「他郷にあって」言えることばっかっす。
(でも室蘭はいい、北海道はやっぱしいいぞ!ってそこは心から思えるんだよ)

あ、また唐突に思いだした。
蘭東中学の校門真向かいに、お焼き(今川焼みたいな?)と、なぜだかラーメンやってるお店があったっけ・・・。

Comments are closed